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櫻山神社 | 幕末志士が眠る下関の招魂社

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下関・櫻山神社

山口県下関市は元々、長州藩と呼ばれ、吉田松陰や高杉晋作、木戸孝允などの幕末志士を多く排出したことで有名な街です。

下関市の至る所に幕末の史跡が多く残されていますが、その中でも特におすすめ聖地はこちら『櫻山神社(さくらやまじんじゃ)』です。

この櫻山神社は観光スポットとしては意外と知られていないのですが、幕末から倒幕、そして近代化を語る上では欠かすことのできない超重要スポットなのです。

目次

下関の住宅街に建つ幕末志士の聖地

櫻山神社の入口付近

櫻山神社の付近は住宅街で観光地化もされていないので、ひっそりと鳥居が立っておりますが、鳥居をくぐると一気に空気感が変わります。まさに聖地に入った感覚です。 石段を少し登ると第二の鳥居が現れます。

桜山神社第二の鳥居

そして第二の鳥居の奥に見えるのが本殿です。

日本初の招魂社(しょうこんしゃ)

この櫻山神社の成り立ちは、高杉晋作の発案により、殉国した志士達の魂を弔う為の招魂場として慶応元年に建てられました。

“招魂場(しょうこんしゃ)”と聞いても、ピンと来ない方も多いかもしれませんが、靖国神社と言えばイメージが湧きやすいかと思います。

靖国神社はご存知の方も多い方と思いますが、国家の為に命を捧げられた方々の御霊をお祀りしている神社で、靖国神社と言う名称になる前は“東京招魂社”と呼ばれていました。

そして招魂場としては、この櫻山招魂場が日本で最初の招魂場となり、この櫻山招魂場を参考に靖国神社(旧、東京招魂社)も造られたと言われています。

元々、この場所は高杉晋作率いた奇兵隊士の調練場跡としても感慨深い場所なのですが、ここに祀られている志士は、吉田松陰、高杉晋作を始め、名もない兵士達も平等に祀られていて、『時代を変えたいという想いには、身分など関係ない』と言う吉田松陰の理念そのものが形になった神社です。

坂本龍馬の妻“お龍”もここにいた!

竜馬の妻である“お龍”の看板

本殿の左側にある看板には竜馬の妻である“お龍”が坂本龍馬の死後に下関を訪れ、この招魂社の運営に関わっていたと記されています。

お龍が詠んだと言われる句『武士のかばねはここに櫻山花は散れども名こそ止むれ』も刻まれています。

竜馬亡き後、残された身として、お龍はどんな気持ちだったのか…感慨深い一句でもありますね。

立ち並ぶ391柱の霊標

立ち並ぶ391柱の霊標

本殿の後ろに回ると、吉田松陰を中心に391柱の霊標が荘厳と立ち並んでいます。

吉田松陰の霊標

この霊標の前に立つと、ここに祀られている志士達の魂が『次の時代は託しているんだぞ』と、語りかけて来ている気がして、自然と背筋が伸びるような感覚がします。

『今のこの時代は、果たして志士たちが望んでいた未来だったのか?』

『今の自分の行動は、世の中や社会の役に立っているのだろうか?』

そんなことに想いを巡らせた時間でした。

櫻山神社周辺のおすすめグルメスポット

櫻山神社周辺の「地域共通クーポン」を使えるお店

Go To トラベルキャンペーン」の一つとして旅行者に配布される『地域共通クーポン』を使える下関市内の加盟店はこちらの記事でご確認ください!

アクセス・地図・駐車場

アクセスJR下関駅から車で5分
駐車場無料駐車場あり
住所山口県下関市上新地町2-6-22
地図
※駐車場は台数少なめです

まとめ

ここに来ると分かるのですが、吹く風がなぜかとても心地良く感じる場所です。 風に吹かれてサラサラと揺れる木の葉の音を聞きながら、静かに今の自分を見つめ直すことができる場所としても最高の場所となっています。

幕末の聖地巡礼として訪れるも良し!静かに自分と向き合うのも良し! 下関に訪れた際は是非立ち寄って頂きたいおすすめのスポットとなっています!

下関・櫻山神社

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